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僕をを作ってきた作家達・8
b0156116_2056564.jpg僕の住むまちは、日本でも有数の大河木曽川、長良川、揖斐川の三川がぶつかる地点から
いくらか上流へ遡ったところにある。

地史にはうといけれど、社会科で習った知識と住んでいて見聞きすることから
この地域が如何に河に悩まされ河に救われてきたか
というのは容易に察せられる風景。


ここでは、そんな堤防沿いに巡らせた道路が
人々の足としてかなり重要な役割を担っていたりする。

僕もことある毎にそれら堤防道路を走り
朝昼晩その大きな自然を目の当たりにして
その度、こんな近くで河を感じて生きてきたことはなかったなあ、と思う。

河っていい。



その河に対するイメージをモチーフにして書かれたもので
やはり大学生の頃に出会い、なにか「ゆるされた」というような感慨に浸してくれた小説がある。
堀江敏幸「河岸忘日抄」。

どこかの街の河岸に繋留された船上で生活する男の日々つれづれ。

一定の方向へ流れ続ける河の上にあって
しかも流れるためにあるはずの船に居ながら
あえて、ただよう。

揺れる、たゆたうことを緩やかに受け入れるための物語。


仏文学者でもあるこの作家は、それでも合理性とか論理性とかもっといえばいわゆるストーリーテリングそれ自体を非肯定(否定ではなくて)しているようで、
ああだこうだと語りながら、どこか輪郭をぼやかしたままに結ぶ。結ぶ“ふり”をする。

その語り口が当時の僕の映画作りの指向性に極めて近かったこともあって、
即、読み散らし。
エッセイも含め(これらも面白い)これまで刊行されたものはたいてい読んでいて
なお本屋に行くたび毎回新刊をチェックする作家の一人です。



決めろ決めろと言われてきて、
どこのなんだと問われてきた。

それに対する疑問符が、いつも浮かんでは消える。

迷い続けたい。
それが贅沢なことだとも知っているけれど。




今日はひとまずこの辺で。
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by aji-kyuu | 2009-06-17 22:23 | 読む | Comments(0)
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