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数字が隠している
b0156116_21162943.jpgごぼうって好きです。

歯触りと香り。

牛蒡。
どうやら日本人くらいしか食べないそうです。

さきがけしている時も、なんだか木を削っているみたいで心地よい。
そう思いませんか?


白土+灰釉  五寸鉢


さて、ずっと気になっている数字の話。

先の衆議院選挙でも各党叫んでいましたが、
以前からずっと違和感を持って聞いていた「食料自給率」の数字。

数年前まで30%台とかいわれていた日本の自給率。
去年40台に乗っていくぶん見栄え良くなりましたが、
しかしあまりにも低いと感じませんか?


週に一回スーパーへ通う僕としては
否応なく目に付く産地表示からどう見積もってもその数字は導けない。

実感との大きなズレ。


それもそのはず。

よく知られていることですが、「食料自給率」には常に括弧書きがつきます。
「カロリーベース」とか「熱量ベース」とか。
やっかいなのはこの基準。

供給カロリーの総量(あくまで供給であって需要ではない)にしめる国内産の割合
ということになる。

ということはもとより実際の摂取カロリーとは一致せず、
摂取されない=廃棄される分も含まれ、
かつ、自給率70%台を誇っていた60年代から見れば飛躍的に伸び
現状過剰なはずの現代人の摂取カロリーはかんがみられておらず、
なにより“国内産”の考え方も眉唾。

例えばスーパーではほぼ全量国産の卵。
「重量ベース」の自給率で見ればなんと96%。

でも熱量計算のためにその飼料の自給率やらを重ねると、カロリーベースで10%満たないことになる。

こういったからくりで食肉や乳製品の自給カロリーは異常に低くはじき出されているそうです。


そんな日本も実は「金額ベース」でみれば自給率約70%。
全世界を悠々リードしている、ということにもなる。


なんだこれ?


おかしなおかしな数字のマジック。



当然ながら、高自給率だった60年代に比べ、農業技術は遥かに発展して
農畜産物の生産“量”は大きく伸びているわけで、
これらを分母としている“率”の計算が過去や他地域との実態比べに相応しいはずがないのです。


僕が言うことでもないのですが、
食料自給率を低くアピールして、農業の弱体化を叫び、危機感を煽るものの真意を問いたい。

その危機感を後ろ楯に政権政党が掲げている戸別所得補償制度なんて、みるからにあやしい。




なにはともあれ、どんな意図をもってどんな方法で導かれたか分からない数字なんて
始めからあてにすべきでなく、
むしろそういう「黒い意図」に満ちたものをも含む情報という情報を追いかけることなく
実感との食い違いに気付くことのできるような、
そしてその実感にともなった反証を育てられるような日々を送ることの方が、ずっと大事かと思う。





およその情報は、外から、多くは数字をたずさえてやってくる。
実感はいつも、ここから、数字にも言葉にすらもならないで湧いてくる。



信じるのなら、常にここからの、自分からの感覚
そうでありたいと思うのです。
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by aji-kyuu | 2009-09-17 22:40 | 考える | Comments(0)
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