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淵から底の方を覗き込む
スピードを求めすぎてやしないか。
変化を急かしてやしないか。

性急さを求めるあまり、表面処理に留まってはいないか。
核心を見失ってはいないか。

より速く、より高く、より強く
その結果がこの様で
その反省の淵に僕らは立たされたのではなかったか。


スピード感を
と言われても、人類は生まれてこのかた、同じリズムで心臓を鳴らしているし
もっともっと、まだまだ
と言われても、そもそも人体というもの、乗算式には膨らまないのである。




僕は人より多少遠目に見る癖があるようで、
今この瞬間の成功にはさしたる興味がない。
時間にしても空間にしても、重ね重ねたトータルで
上手くいっていればそれで良し。

俯瞰すれば僕など
大きな流れの中にあって、ふっと瞬くつぶてに過ぎず
いち個で動かせるものごとはたかが知れている。


この仕事と、このやり方で付き合うようになって
つくづく思う。
あらゆるものごとは、なにか一つが爆発的劇的に変えるのではなくて
ちっぽけなちっぽけな、動きにも満たない身じろぎのようなものが
絡み合い、膨大な時間をかけて移り、また移り変わって流れを成すのであって、
その流れの中のひと連なりに自分もあるのだと。

不合理もあろう。
非効率もあろう。
エラーだって起ころう。
でもそれすらも新たな価値を編み上げるひと針で、
それらを含めた、営々と繰り返される小さき者の一手一手が
互いに影響しあって、ようやっと世界をじわり回すのだと。



子供から大人への身体的、精神的変化を、デジタル技術のもの凄い勢いの進歩とともに生きてきた僕ら世代は
いつの間にやら、一分一秒を細切りに勘定するようになり
歩行者信号はもとより、端末ローディングの時間すら待てなくなった。

ピカピカに磨きあげられた床を剥げば、その下の地面も、
見上げた先の空も、
翻って僕らひと自身も、
ほとんど計測誤差の範囲でしか変わっちゃいないのに。





ゆっくりじっくり
腰据えて腹据えて、胸をも張って
目を細めてでも遠く遠くを見遣って
それでいて僕らは、果てない勇気を持ってして
変わらなければならない。
今、ここから
身じろぐことから。

そういう思いを強くする
この頃であります。
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by aji-kyuu | 2013-03-13 00:07 | 考える | Comments(0)
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