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淵から底の方を覗き込む
スピードを求めすぎてやしないか。
変化を急かしてやしないか。

性急さを求めるあまり、表面処理に留まってはいないか。
核心を見失ってはいないか。

より速く、より高く、より強く
その結果がこの様で
その反省の淵に僕らは立たされたのではなかったか。


スピード感を
と言われても、人類は生まれてこのかた、同じリズムで心臓を鳴らしているし
もっともっと、まだまだ
と言われても、そもそも人体というもの、乗算式には膨らまないのである。




僕は人より多少遠目に見る癖があるようで、
今この瞬間の成功にはさしたる興味がない。
時間にしても空間にしても、重ね重ねたトータルで
上手くいっていればそれで良し。

俯瞰すれば僕など
大きな流れの中にあって、ふっと瞬くつぶてに過ぎず
いち個で動かせるものごとはたかが知れている。


この仕事と、このやり方で付き合うようになって
つくづく思う。
あらゆるものごとは、なにか一つが爆発的劇的に変えるのではなくて
ちっぽけなちっぽけな、動きにも満たない身じろぎのようなものが
絡み合い、膨大な時間をかけて移り、また移り変わって流れを成すのであって、
その流れの中のひと連なりに自分もあるのだと。

不合理もあろう。
非効率もあろう。
エラーだって起ころう。
でもそれすらも新たな価値を編み上げるひと針で、
それらを含めた、営々と繰り返される小さき者の一手一手が
互いに影響しあって、ようやっと世界をじわり回すのだと。



子供から大人への身体的、精神的変化を、デジタル技術のもの凄い勢いの進歩とともに生きてきた僕ら世代は
いつの間にやら、一分一秒を細切りに勘定するようになり
歩行者信号はもとより、端末ローディングの時間すら待てなくなった。

ピカピカに磨きあげられた床を剥げば、その下の地面も、
見上げた先の空も、
翻って僕らひと自身も、
ほとんど計測誤差の範囲でしか変わっちゃいないのに。





ゆっくりじっくり
腰据えて腹据えて、胸をも張って
目を細めてでも遠く遠くを見遣って
それでいて僕らは、果てない勇気を持ってして
変わらなければならない。
今、ここから
身じろぐことから。

そういう思いを強くする
この頃であります。
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by aji-kyuu | 2013-03-13 00:07 | 考える | Comments(0)
新しい年の始めに
明けましておめでとうございます。

本年も
弛むことなく理想を求め、
頭を捻りつ
手足で考え、
ひとつを信じ
変化に脅えず、

できることならずっと、
顔を上げて胸を張って、一足一足歩いてゆきたい。


面白くなるのはまだこれから。

また一年
お付き合いのほど、どうぞよろしくお願いいたします。



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灰〆 隅切五寸鉢
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by aji-kyuu | 2013-01-04 21:57 | 考える | Comments(0)
ぐるぐるぐるり
すでに一週間前のこととなってしまいましたが、
東京石神井knulpAAでの個展が終了いたしました。

あちらこちらで展示会の行われるシーズン。
行楽にも絶好の季節。

そんな中時間を割き、お越しくださいました皆様、
ありがとうございました。

長石釉を主体に、黄、緑両灰釉でのぞみました今回。
先日の大阪個展同様、器を伝えることの困難を感じながらも、
一年前の個展を思えば、着実に積み上げられていることも実感できました。

そして今回、小林真夕さんと挑戦した“或る状況の展示”。
こちらには、本当に多くのご好評をいただき、
また僕ら制作側にとっても、大変意義深いものとなりました。

今日はその『崩れる事が罪悪と、誰が云っただろう』について、少しお話しさせてください。



ご覧いただいた方にはお分かりいただけるかと思いますが、
有形と無形、あるいは生と死。
それらの間を結ぶものに目を注ぎ、巡り経巡る円環を描いてみせることに
ひとまずのところ成功したと思っています。


場をしつらえてくれた小林さんは「いけばな」を軸に活動をされている女性。
大学時代からの友人です。

今回店主の町田さんから、普段バックヤードとなっているスペースを使っても、との提案をいただき
まずは独り、考えました。

数カ月後には解体が決まっているというknulpの入るビルのことから
自身に降り掛かる日々諸々の出来事。
そして、震災を契機にこの一年半で社会に、身辺に起こった様々なこと。
ひっくるめて、今、この時代。

背後にあるとてつもなく大きな潮に、逃げず対峙して
思うことたくさん。
僕のもの作りの根にある自然観、思想に照らしながら
拙く紡いだアイディアを、小林さんに持ちかけたのは6月のことだったか。

学生の頃からの付き合いといえど、深く話し込んだ記憶はなかったわけですが
数回の、打ち合わせともいえない体の対話の中で、
共感を重ねることができ、おぼろげな方向性を見出し
偶然をも天意と、臆せず互いに覚悟を決めて挑んだ展示でした。

正直、ここまで上手く場が立ち上がるとは
僕も小林さん本人も思っていませんでした。

思い描いてきたこと、それ以上に状況の力がひとりでに生起して
観手の心に迫ったようです。
会場を出た後に、興奮を隠さず語ってくださった方も少なくありませんでした。



生か死か、美か醜かといった閉じた対位関係でなく
継ぎ目無い円環、もっと言えば螺旋の中にすべては配置されていて
それゆえ僕ら生命は有ることが許されているし、世界は豊かであり続けられるといういこと。

ごく当たり前の理ではあれど、どうにも忘れがちなこの摂理を
再認識する機会になったかと思います。


また、視覚を限定されることによって
聴覚、嗅覚、触覚が呼び覚まされる。
そういった体験もできる場でした。

すべてを白日の下に曝す、見せ過ぎることが
人の感覚を鈍化させ、思考を閉じさせてしまっている、という現状を焙ることに
期せずして成功していました。



もっともっと多くの方に観ていただきたかった
というのが実のところ。
ちょっぴり後悔です。

とはいえこの形式の発表も
継続すべき、せねばと考えています。
今後ともあらゆる手法を用いて、大きなものに対する小さな小さな声を
力の限り発し続けたいと思っています。



こうして、二項対位に基づいた“言語”を使って表現することに
そもそもの矛盾と限界を感じつつも、
展示会セルフレビューでした。



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撮影:川内太郎
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by aji-kyuu | 2012-10-22 23:31 | 考える | Comments(0)
"Noyaki" exhibition02 終了
遅くなりましたが、今週月曜に ADACHI Takeshi "Noyaki"exhibition02 が終了いたしました。
厳しい夏空の下、足を運んでくださいました皆様、ありがとうございました。


昨年末の東京での展示会に続き、野焼作品のみによる個展の2回目。

自身の経営する箱だったこともあり、いつも以上にやりたい放題させていただいた今回。
ゆったりとした陳列。
会場に土を持ち込んだり、映像を投影したり、
「野焼きBar」なるものも限定営業しました。


正直申しますと、陶器作りを生業としている身で野焼のみを展示することには
少なからぬ躊躇があります。
内心いくらのブレもないと自分自身で思おうと
その作り方にしても、見た目にしても、陶器とはどうしたって一線を画してしまう感は否めません。

「野焼作家」になるつもりは毛頭ないにもかかわらず、転向とみる人がいないとも限りません。

それでも僕の器作りに、今必要な試行だと信じ、発表を始めたわけであります。

二度の展示を経た現在、野焼きという行為とその行為の結果としての野焼に感じる可能性は膨らむ一方です。


僕にとって身体を使って考えることそのものである作ること、その段階においても
世界と自らを省みる良い機会になっていますし、
展示をすればするだけ、そこで巻き起こる議論や交わされるコミュニケーションが
ずずっと目の前の地平を押し拡げてくれるような気がします。


けして頻繁な発表ができるシリーズではありませんが、
僕の活動の一つのバリエーションとして、あるいは大切なところに繋ぎ留めておくためのある種のアンカーとして
細くも長く続けていきたいと考えております。


いつの日かこのシリーズが皆様の暮らしの中に、
変わり種でなく
ありきたり、と紛れることが起こりえた時、
僕の作家活動はひとつの達成をみるのかもしれません。

そんなことをつれづれに思いつつ、
さてさて秋からは忙しいぞ、とオリンピック横目に汗流すこの頃です。




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by aji-kyuu | 2012-08-02 21:52 | 考える | Comments(2)
ありがとうございました。
一昨日、2日間に渡るユノネホウボウ2012が無事終了いたしました。


搬入日の夕方から雨が降り始め、
初日は本降りになり切らないものの、ぐずついて肌寒いくらい。
2日目は日差しが厳しい真夏日。

この時期ならではの不安定な空の下ではありましたが、
イベントを通して1200名ものお客様に足をお運びいただき、
多くの方に楽しんでいただけたようです。


まずはお越しくださいました皆様、有り難うございました。


また、出展くださいましたやきもの作家、飲食出店の方々には
心より感謝しています。

「繋がり」を標榜しながらも、僕自身は正直なかなか他のテントを回れるような余裕がなく、
充分なお話しができなかったのですが
それぞれの展示を横目に、二言三言交わすだけでも
作家として、人として素敵な方々ばかり。
飲食を担当してくださった方々もそれぞれに信念と思いのある出店をしてくださり、
本当に人の縁に恵まれたイベントでした。

それから、慣れない環境の中、積極的に動いてくださったボランティアスタッフの皆様には
頭が上がりません。
実際、当日のかなりの部分を支えていただきました。


そして、実行委員の皆様。
それぞれに苦しい時期があっただろうと推察します。
自問自答もしたことでしょう。
ともあれ、ひとまずはお疲れ様でした。

誰が何と言おうと、僕らはひとつの良い「場」を作ることができたのだと思います。
有り難うございました。


ほかにも、表には見えないところで尽力してくださった方々、
遠くに近くに応援してくださっていた皆様、
有り難うございました。



こういったポジティブな場とそこで結ばれた繋がりが、
また次へ次へと転がり延びて、新たな場と繋がりに編み上がっていくことを期待しつつ
明日を楽しみに生きてゆきます。


皆々様、
今後ともよろしくお願いします。
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by aji-kyuu | 2012-06-12 22:06 | 考える | Comments(0)
ユノネホウボウ2012開催に際して
いよいよ開催までおよそ一週間にまで迫ってまいりました。

今日は6月9日(土)、10日(日)に瀬戸にて開催する「ユノネホウボウ2012」について、
書いておこうと思います。


瀬戸、多治見、常滑のやきもの作家と料理家によって組織された実行委員会主催の屋外フェアイベント。
僕はその実行委員会の代表をさせていただいております。

とはいいつつも、
ここでは代表という立場で述べるにはばかられるところまで踏み込んでお話ししたいと思うので、
あくまでも、いち実行委員、あるいはそもそもの企画発案者としての考え、と
とらえていただければ幸いです。

とても長い文章になりますが、誤解や曲解をもあえて呼び込むような短文・数打ちに
身を託すことはできない性分です。
いささか勝手ではありますが、最後まで読んでくださると嬉しいです。



この現体制でのイベント「ユノネホウボウ」自体は昨年6月が第一回。
前身となったのがそのまた1年前、僕も運営に参画するギャラリーくれい主催の
「湯之根やきもの長屋まつり」でした。
いずれにしても、発端となる案を会議に持ち出し、内外の友人知人を巻き込み、旗を揚げんとしたのは
僕安達です。

2年半前頃になるでしょうか。
当時のギャラリーくれいの在り方や、瀬戸周辺の作家を取り巻く状況に少なからず違和感を抱き、
またその頃から僕のもの作りの根底にあった価値観、理想といったもののゆく先に
薄暗いもやがかかりつつあることを感じ、
それらに恐れ縮こまるのでなく、むしろそれらを払い退け、
ほとんどゼロベースからあらためて足下を積み上げ直していきたい
そういう思いで、企画を編み始めたのです。

すべきか否か、はたまた今がそのタイミングなのか云々。
不安を残しつつも声を上げたわけですが
思いのほか一部に共感をいただき、賛同を得、イベントとして動き始めました。


あれから時は過ぎ、その間社会的に転換を強いるような大きな厄災を挟みつつも、
僕にとってこのイベントの意義は、今も少しも減じておらず、
それどころか、その必要性はより増したとすら思っています。





部屋にいて、ふと目を上げるとそこに得体の知れないものがずらり、在る。

例えば消しゴム。
それは確かに、書かれた字図を消すゴム。機能は明瞭。
だけれど、それはあまりに無口で、
何を何処でどのように加工したものなのか、誰のどういった思いでそこに在るのか
まったくもって分からない。
白く、角の出たスマートな機能的表面に、ほかすべてが隠蔽されている。

それで擦れば字は消える。
けれどお前は何ものだ?


気付けば、そんなものたちに囲まれ、それらに寄りかかって成り立つ僕らの生。
思いのほか、不可解で脆弱な存在のものの上に在る僕らの日々。

けれど無遠慮にこの状況を悪しと責めるにもいかない。

生産のライン上でそういったことを考えて手を止めたり、
店頭で逐一悩んだり、
使う段で思いとどまったりは経済観念上、不合理なことも明白。

このスピードで流れる社会に身を置く以上、今さらどうしろというのも分かる。
バッサリ断ずることはできない。


ならばほんの一部でも、
あるいはむしろこの危うさを自覚して、ささやかなれど確かなところに自分を繋ぎ留めておくために、
ゆえのある何がしかを生活に据えたい。

僕ならそう考えます。


幸いにして個人作家は、道具にしろアートワークにしろ
どれだけの責任を感じているかは人それぞれとして
もの作りに関わるほとんどすべてを、一人がまかなっています。

何をもってどう作るのか、どういう考えと思いをそのものに託すのか。
唯一無二の名前と人格を有する、いち個人が担っています。

その意味で、僕ら作家の作るものは縁故を物差しに見れば、とても解りやすく、贅沢なものだといえます。


もとより、あらゆるものは様々な過程と背景その他を目一杯背負い込んでいます。
それらを「重い」荷物として、無きものと隠し、表層の「軽さ」、スマートさを演出するのは
どこか間違っているし、ものに対して失礼とすら思ってしまいます。

ものの後ろを大切にする、そしてその後ろをきちんと伝えていく。
今、そんな役目をも作家が負うているのだということを、僕ら自身認識すべきなのではないかと。

ユノネホウボウはそんな考えから発案しています。
だから、作家の現場になるべく近いところで、当の作家自身がテントに立ちます。
そして今年からいっそう、作品の背景をお知らせするための展示販売での工夫を各作家に求めています。
道具や原料の並展示、工程や成り立ちの説明、デモンストレーション。
それらを含んだ作家ものとしての本当の価値を、実感できるはずです。
けして“付加”価値ではありません。
ものの価値とはもとよりそういったところにこそ内在しているのですから。




昨年の3月11日以降、
ほとんど疑いなく安定的に成立していると思っていた、
エネルギーを始めとする社会システム諸要素の危うさが露呈して、
薄々知っていたとする人も含めた誰もが、一時たじろぎました。

あらわになった歪みに対し、
数字をあげて分析し、問題の真っ向から対処解決しようとするのもひとつ。
集団に参加、活動することで、制度や枠組みから直裁的に是正しようとするのもひとつ。
足下から見直し、身の周り、日常をその手で変えていこうとするのも、
またひとつの身振りだと思います。

どれか、ではないという前提で
けれど、誰でも、一人からできることというのは、結局のところ小さな小さな小さなこと。
充分な自覚と責任を持ったうえでできることというのは、手の届くところ、我が身のこと。
すべてはそこから。

さならば山で焚き木を拾おう。
明日麦を蒔こう。
そんなことは誰もがすぐにできることではないのだから、
麦を蒔いた知り合いの生地を、拾った薪で焼く、これまた知り合いのパンを、次は買おう。
そういったこと。

フェアーなやり取りの名のもとに、良き縁故をも「しがらみ」に回収されてきた感のあるこれまでではあったけれど
もうそういうのはやめにして。



一部の権力者、知識人、守銭奴がこんな社会にしてしまった、
のではなくて
僕らがひとりひとりが、ぐるり見回せる範囲のこと、体内に入るものをすらかまうこともおろそかにしていた、
多かれ少なかれ、そのことが市場経済合理性一本槍の社会システムを間接的に支持してしまっていたわけで
なればこそ、それに対抗するのもまずはそこから。
僕はそう思っています。


こういった思考を経て生まれたのがユノネホウボウ。
「ユノネホウボウ2012」のいち側面です。



哲学とか思想めいたことというのは、とかく現実から浮き上がってしまいがちで
なかなか身体化しません。
原因はひとつに、生活へ落とし込みにくいから。
テレビが僕ら世代の思考法を決定付けたのは、お茶の間に完璧なまでに入り込んだから。
今やネットもしかりです。
そう考えると、器やら生活道具はその点もってこいなのです。

生活道具から生活を変え、考え方を少しずつでもあらためていく。
そのことが、やや遠回りだけれど社会を組み直していく第一義的に有効な手段だと
僕は、信じています。

そして、そのものを取り巻くように編み上げられていく縁故が、
一種のセーフティーネットとして僕らを受け止めてくれるはずです。

制度やデータとして記述できる成果は見えてこないかもしれない。
明日明後日にビビットな効果は現れないことでしょう。
でもこれから数十年先に目を凝らして見遣れば、
予測困難な状況変化に柔軟に対応しうる人的繋がりという財産は、圧倒的だと思うのです。

間に挟むものは、別段やきものでなくてもいい。
家具でもいい、野菜でもいい。
前段としての商店でもいいし、まずは隣家が先かもしれない。
ともあれ、自身の興味にそぐうところから、実際的なところから、始めればいい。

その中で、もしやきものに、器使いに楽しみを見い出してくださっているのだとしたら
「ユノネホウボウ2012」、自信を持ってお薦めします。





さて冒頭から述べたように、
ここまでの弁はあくまで僕個人のもの。
ユノネホウボウ実行委員のうちですらまったくの同感という方はいらっしゃらないでしょう。
自覚しています。
でも悲しくもありません。
なぜなら
同時代に生きるものとして、抱いている危機感・違和感には誰しも大きな開きはなく
描く理想にも、実のところ大差はないのだと思うから。

ただ、それぞれがそれぞれ唯一無二の境遇を生きているのだから
そこから導き出される方法論、アプローチは千差万別。
同じ頂を仰ぎ見て、登る道程、登り方が異なるまでのこと。

こんなルートを選んだら、こうなったよ。ここまで行けたよ。こんな壁にぶつかったよ。
じゃあ、オレはあっちから行ってみようか。
そうして繋がればいいじゃない。


だから僕はこれまでもこれからも、「ユノネホウボウ」だけに留まらず
ありとあらゆる、信じられる限りの方法であの山頂を目指します。
長過ぎたり短過ぎたり、太かったり細かったり
四方八方に延びるザイルを腰にしっかり結び付けて。


どうぞよろしくお願いします。







時流に照らしたら、半ば犯罪的に長いこの記事を
最後まで読んでくださり、有り難うございます。

肝心のイベント詳細については公式ブログへ譲ります。
ぜひ参考に。


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会場でお会いしましょう!
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by aji-kyuu | 2012-05-31 21:11 | 考える | Comments(6)
できる、かもしれないこと
昨日、益子の長期滞在から戻ってきました。

4/30まで開催されていた「方々の豆皿 セト@益子」展にお越しくださいました皆様、
ありがとうございました。
当地では普段なかなか目にすることのできない瀬戸周辺の作家ものに
大変評判をいただき、お店に立つ甲斐を感じる展示会でした。

紹介と交流という意味でも、目的を果たせた企画となりました。


この豆皿交換プロジェクトは始まったばかり。
次回第2段は愛知県瀬戸市での開催「方々の豆皿 マシコ@瀬戸」展
本年9月にギャラリーくれいにて益子周辺作家さんの豆皿が並びます。
詳細は後日。
ご期待ください。



また、春の益子陶器市でも僕のテントまでお越しくださいました方々、
ありがとうございました。

迷いに迷い、僕の器を選んでくださる方
以前も、あるいはほとんど毎回のように来てくださっているであろう方、
作者本人としてそこに直接居合わせることができる嬉しさは格別で
次への推進力となっています。
あらためて、有り難うございました。

そして今回、そんな展示販売もさることながら、
お客さま、同業者、友人ほかたくさんの方と琴線触れあうような話ができたこと。
その距離に面と向き合うことでしか得られない時間は、こういったイベントでの一番の収穫となります。

わずかでもその時間を共有してくださった皆さまに、感謝します。

加えて今回は自然の驚異に遭遇し、それを知った各地の知人友人から心配の声をいただきました。
このとおり、僕自身には実害もなく免れました。
ご心配ありがとうございました。


とにかくも右に左に、激しく心を揺さぶられるこの十日間でした。

僕にとって、何が大切で、誰が大切で、そういったもろもろをいかに守り、温めていくのか。
分からないながらに、それでもやりようはきっとあるのだと、あったのだと。
偶然にもここに生きながらえているのだから、
前方からつうっと伸びるひと筋の光に目を凝らして、手繰り寄せていかねば
そう思う今日です。
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by aji-kyuu | 2012-05-09 23:35 | 考える | Comments(0)
ホウボウ
大分お久し振りとなってしまいました。

言い訳がましいですが、実のところ元日から一日も休みなく土に向かっているのでして
それでも、なかなか思うほどのものができておらず、
年の初めから大変気が急いています。

とはいえそれだけのお仕事をいただけているという幸せな状況。
そういう時期だ、と腹に力込めて
今日も窯焚き。



さて、ここでひとつお知らせです。

昨年の6月に愛知県瀬戸市の湯之根長屋という所で
僕を含めたやきものの作家たちと企画、開催しご好評いただいたイベントが
今年も開催されることになりました。


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詳しくは公式ブログをご参照ください。


僕が経営に携わっている瀬戸のギャラリーくれいがある、
旧くはタイルの製陶所だった長屋の敷地内で
愛知周辺のやきもの作家が自らテントのもと作品を展示即売する、いわゆるやきものフェアです。

当地で秋に大々的に行われる「せともの祭り」とは違い、
40組前後の若手を中心とした作家が、より良いものをより良く伝えることを主眼に出店し
直に、丁寧にお客さまと向き合う、そういうイベントです。

昨年お越しくださった方にも、
今回はよりやきものの奥深さに踏み込んで見ていただけるような内容になるかと思います。

もちろん飲食もさらに充実される予定。



今月から実行委員会も活動を開始し、
個々の仕事で忙しい中、侃々諤々議論しながら
時に夢を膨らませながら
より良いイベントを皆さまにお届けするため力を尽くすつもりです。

行政やプロのイベンターではない、作家自らが企画運営する、
その意義を形に。


ものがこんなに溢れているのに、
そのあらゆるすべての根っこであるはずの「作ること」、「作り手」、「作り手の想い」が
「使うこと」、「使い手」、「使い手の想い」たちとこんなにも遠く切り離されてしまった今日だから
今一度そこを編み合わせるために、僕ら作家も、皆さまもこういったイベントで再び繋がって、
互いが互いの未来の豊かさを支え合えたなら。

僕の切なる願いです。


間に何も挟まないのだから、
時にアクが強く感じられたり、塩っ辛かったり、ちょっと胃もたれしたり
そういうこともあるでしょう。
だからいつもとは言いません。

たまには、年に一二度は
そんな濃さも飲み込んで、いくらかテイクアウトもして、日々の暮らしにお帰りいただく。

ユノネホウボウをそんな場にしていただけたら幸いです。



今後も進展は公式ブログでご確認ください。

そして、どうぞお楽しみにしていてください。
僕も楽しみです。
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by aji-kyuu | 2012-01-27 21:57 | 考える | Comments(0)
一年の終わりに
先の日曜をもって、
東京は北青山で一緒に展示させていただいていたアクセサリー作家uinyさんの個展も終了しました。

日頃ご縁のないような方々にも見ていただけたようで
また、思いがけない評判もいただきました。

お越しくださいました皆さま、ありがとうございました。

そしてお誘いくださいました中村さんや、「伝」関係者の方々にも深く感謝します。





さて今年も残すところわずか。

苦しさも楽しさも、様々な感情とそのたねになった物事がぎっしり詰まった一年で、
こぼれ落としそうになったことも少なくなかったけれど
それらをとにかく捉まえて、手元できちんと解釈したくて
これまで、こういった媒体に容易く書き並べることはせずにきたつもりです。

その一瞬でどんなリアクションができるか、どれだけのことができるか
そういった情報解析タイムアタックみたいなやり口はちょっと脇に置いて、
ひとつふたつのことに対しても、時間をかけて一層一層考えなりを重ねていきたい。


次の年が良いものとなるように、そうなるように尽くすのはもちろんとして
その先、数年、数十年先が良いものとなるように、
2012年、もっといえば明日の一日から積み上げていきたい。


本当はその時その瞬間になにかできるほど、ヒトって動物は優れちゃいない。
今年はそのことを痛感させられたから、
今一瞬に懸けてしまわず、時間の層で向かっていこうと思っています。



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ありがとう、2011年。

良い年越しを。
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by aji-kyuu | 2011-12-28 22:38 | 考える | Comments(0)
火を囲み
10日ほど空けていた家に、一昨日帰ってきました。


近所に新しいファストフードが建っていたり、
小屋が取り壊されていたり、
道路が新たに敷設されていたり、
遠くに見える山並に雪化粧がされていることに、今日気付きました。

2011年ももうわずかなのですね。



東京茗荷谷での ADACHI Takeshi "Noyaki" exibition が終了しました。

思い余って飛び込んだ、冒険的な企画。
正直なところ、
不慣れや力不足で満足とはほど遠い結果でしたが
それでも、作る過程での体験、作品を介したお客さまとの語らいの中で
本当に多くのものを得られた展示会でした。

ものというのは、いち個の現物それのみ以上の広がりをそもそもにして孕んでいるのだな、といつも以上に思わされる機会でした。

とくに印象に残ったのは、とある山間地でNPOとして活動されている方との会話。

大きな流れに乗っかって、ぐいぐいと動かすのもいいけれど、
細々とでいいから、自分の体と頭を使ってじわりじわりにじり寄ることが
実は物事を変えていく最良の策ではなかろうか
というお話。
その方、世代も生活環境も異なるお相手だっただけに、
お言葉の節々に、共感を越えてなんだか感激してしまいました。

僕だけじゃあない。


他にも沢山の方々が僕の思いを聞いてくださり、ご自身の思いを語ってくださり
展示会というよりは、一種コミュニケーションの場として機能していたように思います。

どこか焚火に手をかざしながらする会話に似て。



お越しくださいました皆さま、有り難うございました。
今回の展示体験が皆さまの日々の何らかに繋がっていきましたら幸いです。


そして、
この“野焼”というアクション、今後ともじっくり続けていきたいと考えている今現在です。





また、東京吉祥寺で開催していましたグループ展 OKURIMONO GALLERY も終了しています。

こちらでも、ほかで得られない、またちょと面白い経験ができました。


個展会場の茗荷谷から回って来てくださった方もいらっしゃったようで、
本当にありがとうございました。

企画やもろもろの段取りに動いてくださったかつての仲間たちにも、
大変感謝しています。
おかげで、モチベーションを新たにできました。






これで充電充分。
ここからもたゆまず、次へ次へと進めてまいります。

ひとまずは年をまたいでもしばらくの間、いただいている注文品の制作にかかりっきりになりそうです。


次なる展示は2月。

東京に愛知にと、またまたいくつか異なるかたちでの展示会に出展させていただくことになっています。


いずれも詳細はあらためて。


今後ともどうぞよろしくお願いします。
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by aji-kyuu | 2011-12-20 23:14 | 考える | Comments(0)