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b0156116_20355195.jpg茄子の味噌炒め。
うちの定番。

茄子の高値が続いていたので、ひさびさに。



数年前、とあるひとから「味噌、すきだね」と言われて初めて自覚したのですが、
どうもひとよりずっと味噌に惹かれるようです。

確かに、
我が家の食卓では汁物にはもちろん、炒め物に煮物にカレーに、調味料としてたびたび登場します。

とりわけ赤味噌。
生まれも育ちも尾張三河のなごや人ですから。


信州や京都なんかのとは違い、100%豆味噌。
見た目も味もお世辞にも上品とは言い難いのですが、あの甘味と塩味と酸味の絶妙なバランス。
その重層感といったら‥


進学・転勤などなど、愛知を離れるなごや人は基本まず実家から味噌を送ってもらうのです。
いわゆる赤出し味噌と、つけたりかけたりソースタイプの赤味噌。



思い出してみれば、料理に興味を持ち始めたと記憶する小学校中学年頃、
母方の祖母が近所の仲間と毎年作っていた自家製味噌に惚れ込んで
おそらくはせがんだのだろう、写真入りの詳細なレシピを送ってもらってまでしてたっけ。

そのレシピはいまだ活かされていないのだけれど、
実は今年その味噌作りを夢見て、まず大豆を育て始めたのです。


これまでなんども「作ろう」と心に決めながら、大豆の高騰に阻まれてきたわけで
それこそいつ実を結ぶかは分からない遠き道のりだろうとも、いっそ始めから自分の手で、と。

農業のほんの隅っこに手を貸してきたこれまでの経験上、さほど困難な作物ではないな
という判断の上。




にしても本当に、先人達の食における工夫の積み重ねには頭が下がります。

味噌。
それひとつとっても、この全国的な多様性。



米・塩・味噌・醤油・酒。
このあたりにちゃんと気遣える食生活を。
目下の願い。
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by aji-kyuu | 2009-05-26 21:31 | 食べる | Comments(4)
いただきます
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ゆうべの大根を煮汁ごとのっける。







赤土+白化粧+長石釉  片口碗


ここのところのお昼はもっぱら丼もの。
夕飯の残りや作り置きを、温め直したお米の上へ。
たまに汁もの付けて。

なにより準備に早いし、片付けも楽ちん。

米さえおいしければ、なんだってのせられる。

そう、すべては米。


学生の時分はもとより、米どころ岐阜に住いながらもつい先日までただただ安価を求めて米を買っていた。

ところが数カ月前、
そんな自分の選び方を悔いるようなお米に当たってしまってからというもの
「やっぱりお米」と、そこには惜しまないよう心に決めている。

こういってはなんだけれど、米にもピンキリがある。
もちろん好みもあるだろう。
粒立ち、粘り‥
とはいえ売価上たった数百円しか差がないものでも
味に大きな開きがあることだって、当然にある。
それを身に沁みて感じている。


たかが米、されど米。
最近は茶碗にむかって、毎食
「うまい、」と呟いてしまう。
それだけで有り難い、と思える。


今の生活をおくるようになって、
“人生のうちで、食に捧げられる時間の割合”をあらためて考えることもしばしば。
仕事柄、とういよりは人間ですから。

僕ら働くいきものではなくて、まず食べるいきものなのですから。


そうだそうだ。
おろそかにできるわけがない。
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by aji-kyuu | 2009-03-08 19:47 | 食べる | Comments(0)
コーヒー・アンド・ブレッド
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白土+灰釉   五寸皿



コーヒーが好きです。

深めに煎って、香りやにが味が主張しているような、
とろりと濃いめにいれられたものがとりわけ好きです。



幼き日の僕の目には、レストランなんかでの食後にコーヒーを“決まりごと”のように頼む大人が不思議にうつったもので、
とはいえジュースは子供地味てためらわれ、ならば「コーヒーより紅茶」としていた記憶も遠くないはずなのに
いつの頃からか定かではないけれど、いまや純然なるコーヒー党。
大学に入って間もない頃には、豆を挽く真似事さえしていました。


岐阜に引っ越してすぐ近所のスーパー二、三件で市販されている豆をいく種類も片っ端から買っては試し、
安価に満足いくコーヒーを探したのはやっぱり、それが僕の生活をまっとうにしてゆくのに欠かせないものだから。
そう思えたから。


毎朝食後と昼間の休憩に。
ときにはちょっとしたお菓子をつまみつつ。

写真はしばらく前にうちへ来た友人が手みやげに携えてきたハード系のパン。
こういうパン屋のパンも結構好きなのです。
なかなか日頃手の出せるものじゃありませんが。


そうそう
僕はたいてい、コーヒーはホット。
把手のない“湯呑み”で喫みます。

その温度をじかに感じたいがため、あえてマグカップなんかは避けます。
熱い熱い、とふーふーしながらすするコーヒーもいいもんだと思うので。


例えば缶コーヒー。
もし缶に把手が付いていたら、
あの寒空の下でかじかんだ掌に伝わる小さな幸福感は、きっと得られない。

そんなふうに触覚をも動員するような食の楽しみ方を僕らは生まれる前からで知っているのだろうな。
和食器の素形を見るにつけ、そんなことも思ったりするわけで



ああ、そうか。
日本の道具は身体の延長。


コーヒーを喫みながら、はたまた轆轤をひきながら
毎日のように同じことを思うのです。
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by aji-kyuu | 2009-02-23 02:45 | 食べる | Comments(4)
日々出逢い
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今晩の鯖は
ひさびさのアタリ。



鯖をトマトで、
いただきました。



白土+灰釉  七寸皿
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by aji-kyuu | 2009-02-11 23:03 | 食べる | Comments(0)
舌とわたし
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スーパーにて見切り品のサツマイモを
はちみつといただきものの柚子で。





赤土+白化粧+長石釉  碗


以前までは、さつま芋やじゃが芋などは好んで食べたりしなかったけれど、
最近はよく煮たりしていただく。

でんぷんでんぷんしていて、粉っぽいというのか。
味が入りにくかったりもして。

と思っていたはずが、今はそんなに気にならない。
粉っぽさは「ほくほく」と
薄味は「芋の味」と
いつからかすり替わっていた。


それから、
学生時代はけして使うことのなかった食材、小松菜はおひたしから炒め物まで
いまや我が家の台所最多登場。

品種によって胡麻の香りがしたり、ミルクの風味を感じたり。
なるほど、それらと合わせて調理される理由にはっとする。

しかも、となり町特産。



歳を重ね
住む土地がかわり
生活がかわれば
自然、味覚は変わる。


そんな当たり前のことにいちいち気付かされるこの頃。
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by aji-kyuu | 2009-02-01 23:11 | 食べる | Comments(0)
ふと、
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「窓の外には雪が降り積もる山あいのロッジで、暖炉にあたたまりながら、無骨なご主人が焼いてくれたキッシュを—」

そんな風に見えなくもない。
冷蔵庫の残り物一掃、平焼きオムレツ。


白土+灰釉  七寸皿


ほぼ毎食自炊で、食生活にはそれなりの自信があったのだけれど
年明けてから、どうも体調に微妙な狂いを感じる。
異常に手足先が冷たく、ちょっとした口内炎が頻発。
眼のまわりもなんだかおかしい。

もう少し真面目に防寒対策すべきやろうか。

気のせいだといいけれど‥
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by aji-kyuu | 2009-01-20 22:08 | 食べる | Comments(0)
炎に感謝。
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     黄土+無釉  片口碗



冬はやっぱり石油ストーブに限る。

今朝、やっと日が顔を覗かせ始めた頃、アラジンのブルーフレームストーブにくっつくようにして餅を焼き、作晩の味噌汁の残りをのばしたものに放り込む。
作り置いてあった茸の佃煮をちょこんとのせて、関西風のお雑煮。なんて。

餅を焼いたり湯を沸かしたり、それが石油ストーブの醍醐味。
外からだけじゃなくて、内側からも暖めてくれる、ような。

そしてなによりあの匂い。
灯油の刺激臭の向こうでかすかに漂う炎の匂い。

うん。好きです。



ついでに灯油の価格下落にも感謝。
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by aji-kyuu | 2009-01-05 00:18 | 食べる | Comments(0)