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意外と音楽好きなのです。
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わあ4月。
毎日がびゅんびゅん過ぎる。


ついさっきラジオから荒井由実の「卒業写真」が流れていた。
この時期さして珍しくないのだけれど、
いつもなら聴き流すのだけれど、

ふと気を緩めた隙に、ひっぱられて、のみ込まれて
平静に聴いてはいられなかった。


  話しかけるように ゆれる柳の下を
 通った道さえ今はもう電車から見るだけ

 あの頃の生き方を あなたは忘れないで
 あなたは私の 青春そのもの

 人ごみに流されて 変わってゆく私を
 あなたはときどき 遠くでしかっって


 あなたは私の 青春そのもの




あの頃の自分の生き方が正解だったかは、今もって分からないけれど
あの頃の全部を青い春としていっしょくたに抱えたまま、この先もいきたい。



先日ひとまわり年上の人の車に乗せてもらった時、HDプレイヤーの中に松田聖子をみつけて
それを一通りかけてもらいながら喋ったこと。

松田聖子や荒井由実、山口百恵。松山千春にはっぴいえんど、さだまさし。
70〜80年代の音楽って本当にいい。
今でこそ細かにジャンリングされてしまうのだろう、いわゆる歌謡曲。

ゆるいくくりだったからこそ、言葉や形などなど外からのアプローチに始まることなく
内から溢れるにまかせて生まれ出た音楽。
そんなところだろうか。


そうでなければ、どうしてこうもあの頃の曲に惹かれるのだろう。


日々ラジオをにぎわす最近の音楽の大半は、恐ろしくぺらぺらです。
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by aji-kyuu | 2009-04-02 22:48 | 聴く | Comments(0)
僕を作ってきた作家達・5
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朝起きて、外の水道に出てぎょっとする。

なま暖かい空気。
まだ陽は雲の中なのに
昨夜の雨が一斉に蒸気して膨らんだ土と草の匂い。

季節の感覚がぐんにゃりとしてしまう。

静岡では夏日だと。




話は変わって、
毎年この月になると思い出す、
“わずか”のようで“はるか”のようでもある三年前のこと。



当時大学も四年目。
在学中、膨大な時間とエネルギーを注いできた映像分野から手を退いて、
ほぼ未知なる新たな方面へ踏み出そうと
大それた決意を胸に
退学後の東京に居残るかたちで企画していたちいさなちいさな個展のため、
陶器の制作に没頭していた。

とはいえ受験シーズンの2月。
学校施設は使用不可。
探しまわった挙げ句思いがけず巡り会った、学校近くの個人主催の陶芸教室にて
気のいいオーナーのはからいにより、半月の間ほぼ毎日自由に設備を使わせてもらっていた。
その教室は閑静な住宅街にひっそりとあって、工房の出入り口側には玉川上水がぴったり寄り添っている、絵に描いたように心地いい環境で
僕の住んでいたアパートからひたすら上水沿いの緑道をたどれば着くような幸運な立地だった。

僕は毎朝、折りタタミの赤い自転車かあるいは歩きで
時に霜解けにぬかるむ遊歩道の黒土の上を、珍しくCDウォークマンまで携帯して通っていた。

さほど音楽に明るくない僕がその頃飽きることもなくぐるぐるぐるぐる聴いていたのが
ハナレグミ「帰ってから、歌いたくなってもいいようにと思ったのだ」。


ハナレグミ。
SUPER BUTTER DOG永積タカシのソロプロジェクト。
ラジオからもれてきた「ハンキーパンキー」に聴き惚れて、
なにも知らずに買いに走って、
毎晩のように部屋の隅のPC前に座り込んで聴き続け、
ふと顔を上げてみれば、周りでも結構聴かれていたことに気付いたりして‥

そんな出会い以降、僕の大学生活のかたわらには常に彼の音楽があった。


そして三年前のあの頃は
 明日へゆけ、明日へゆけ
という歌にどれほど救われていたことか。

思い切った決断とはうらはらに
どう歩き出せばいいのか、その歩き方さえ知らなくて、
大学を辞めてからの一切は未定。

まったく見えない先行き。

夢への希望よりも圧倒的だった不安の重たさ。

一体どうなってしまうんだろう、
と溜め息まじりにマイナス方向へ流れ込みがちだった思考を
プラスマイナスゼロ地点に繋ぎとめてくれていたのがハナレグミでした。

叱咤激励されるわけではなく
ただ、隣を付き添って歩いてくれるくらいで。
それは今も変わらない。




だからなのか

彼の出す声と音と、紡ぐ言葉と音階と、
それらの中にはもはや勝手にも僕の人生の半分ちかくの事柄が詰め込まれているようです。

これまでも、たぶんこれからも。
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by aji-kyuu | 2009-02-15 00:36 | 聴く | Comments(2)