悔しくて悔しくて
b0156116_21211664.jpgちょっといくらなんでも早すぎるよなあと思いつつ

冷や奴。



本当に有り難い、知恵の結実
豆腐。
生かしてもらっています。


赤土+長石釉 平碗  


ここ数日
嫌で嫌で仕方ないのだけれど、そう思うほどに付いて回る“数字”のあれこれに
掻き乱されて挫かれて。

そんな数字などふられたくないし、まして数字で見られたくもないのに
日常的に、なんら悪びれることもなくどこか挨拶のようですらある調子でその数字を投げてくる人。

何をはかっているつもりなのか、何をはかれると思っているのか
あたかもそれが絶対的に信頼のおける普遍のものさしかのように振り回されるのは我慢ならない。



なんとか自分自身抑え込むために
また今晩もほんのわずかなお酒を。

つまるところは、悔しいのです。
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# by aji-kyuu | 2009-04-16 21:58 | 考える | Comments(0)
僕を作ってきた作家達・7
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今朝、大根の花が咲いているのに気付いた。

台所の窓辺で、水を張ったお皿に浮かべておいた大根のあたま。
葉がわさわさ繁るのを期待したものの、中心から一本の茎が伸び続けるだけで
しばし見放してしまっていたところに、思いがけず小さな黄色い花がついた。


と、ここまでは良かった。


写真に撮って数時間後、昼時にふと見ると
花を付けた先からくたりと折れている。
小さいながらも活き活きと生を主張してみえたそれが
まるで魂を抜き取られたかのように‥

その昔、写真機の黎明期。
写真に撮られると魂が抜かれる、と本気で怖れる人らがいたという。

いや、まさかね。



そんなことにちらと心がささめくのを覚えながら
以前使っていたNIKONのフィルムカメラを久々に眺めてみた。

映像を志して大学へ通ったその前半期。
学外では仲間と映画作りに、学内ではもっぱら写真について学んでいた。
ピンホールからモノクロ現像、カラープリントまで
自ら選択して、それなりの熱意とその手段への根拠ない信用を注ぎ込んでいた。
「とにかく数を撮れ」といった方針に反発しながらも
今ふりかえってみると、先の道筋をみつけた思いだったのかもしれない。

だから自然、写真の展覧会へは積極的に出向いたし写真史も掘り返した。

その両方からぶち当たり、結果僕を写真から遠ざけた写真家がいる。
中平卓馬
60〜70年代の日本写真界を批評の面からも解体し、再構築しようとした小さな巨人。
伝説の人。


彼の大回顧展が横浜美術館で開かれた。(「原点復帰—横浜 中平卓馬展」2003年)

そこで目撃した記憶喪失直前期の一連の“図鑑”的写真群や近年の気負いないカラープリント、
そしてなにより天井から床まで印画紙を裸で何十枚と連ね壁一面を覆った展示に愕然とし、
なおかつその際購入した「なぜ、植物図鑑か?」等の評論集に深くまで届くボディブローを見舞われ、
僕の軸脚は写真から離れた。
もっと言えば、逃げた。



何年経てもなお、中平卓馬という人とフィルムカメラは僕の内に敗北感を仄めかせる。
それに今気付く。

とはいえ、何年ぶりかに開く彼の写真論集は(もとより発行は1973年!)それでも褪せずに響く言葉が詰まっていて
現在の僕の仕事とリンクして読めてしまうことも事実。


無機と有機のあいだ
鉱物と動物のあいだ
そのあいだに曖昧な輪郭でもって生まれてくるはずのもの。
それは多分僕のいう“あじのひもの”や“きゅうりのつけもの”とほとんど見事に重なる。


どうやら一周回ってきたようです。
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# by aji-kyuu | 2009-04-09 18:59 | 観る | Comments(0)
春色益子陶器市
春色益子陶器市
2009年4月29日(水・祝)〜5月6日(水・祝)
10:00頃〜17:00頃




今年も栃木県の窯業地、益子で行われる陶器市に出店することになりました。
その詳細です。

益子陶器市は毎年春と秋に一回ずつ開かれる、日本有数規模の即売イベントです。
“民芸”で名高い益子町の目抜き通りと周辺施設を会場に、数えきれないテントが軒を連ねて
主に陶磁器の販売をします。
窯元さんの叩き売りイメージが強い方もいるかと思いますが、
各地で個展をするような作家のものもかなり多く、最近では陶磁器のみならず木や鉄、革などの出店もあり、エリアによってはクラフトフェアの様相もみられます。
出店数が非常に多いため、一日二日で回るのはまず不可能。
エリアを絞るか目当てを絞ってじっくり回ることをオススメします。

また「北関東というより南東北」といった山深い町を想像しがちですが、
お洒落なカフェやお菓子屋、雑貨屋も少なくないですし、
わざわざ東京から足を運ぶ人もいるようなギャラリーや企画スペースもあって、
祭期間というのを差し引いても、町にあふれる活気を感じます。

作り手はもちろん、全国から感性の強い人達が集まり活動拠点としつつある、ちょっと不思議な土地です。


さてそんななか僕は陶芸メッセ・益子という施設の遺跡広場というエリアに出店します。
この場所、メインストリートから坂や階段を上がり切った、おそらく会場最高地。
芝生に腰掛け程度の岩が点在する広場で、眺めは良いし風も心地良い、知る人ぞ知る“ランチスポット”です。
出店者は益子周辺在住の若手作家を中心に愛知や岐阜など全国から集まる、陶器市の中でもどこか異質な雰囲気のエリアで、
客足の絶えない通りとはまったく違ったのんびりした空気が漂っているかと思います。
おかげでゆっくり回れますし、出店者との会話もしやすく、なにより僕の性に合う
そんな広場です。

僕のテントは円形になった出店エリアの一番外側。
目印は紺のテントに宇治のお茶箱
定番とともにこれから窯に入れる新作のものや、現在試験を重ねているものなど並べる予定です。


東京からでも電車や車、交通の便はお世辞にもいいとは言えない益子ですが、
季節も春です。
僕の大好きな大谷石採石場や日光東照宮、温泉なんかも合わせたりして、ぜひいらしてください。

お越しいただいた際はお気軽にお声をかけてくださいね。
どうぞよろしくお願いします。



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# by aji-kyuu | 2009-04-03 00:24 | 案内 | Comments(4)
意外と音楽好きなのです。
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わあ4月。
毎日がびゅんびゅん過ぎる。


ついさっきラジオから荒井由実の「卒業写真」が流れていた。
この時期さして珍しくないのだけれど、
いつもなら聴き流すのだけれど、

ふと気を緩めた隙に、ひっぱられて、のみ込まれて
平静に聴いてはいられなかった。


  話しかけるように ゆれる柳の下を
 通った道さえ今はもう電車から見るだけ

 あの頃の生き方を あなたは忘れないで
 あなたは私の 青春そのもの

 人ごみに流されて 変わってゆく私を
 あなたはときどき 遠くでしかっって


 あなたは私の 青春そのもの




あの頃の自分の生き方が正解だったかは、今もって分からないけれど
あの頃の全部を青い春としていっしょくたに抱えたまま、この先もいきたい。



先日ひとまわり年上の人の車に乗せてもらった時、HDプレイヤーの中に松田聖子をみつけて
それを一通りかけてもらいながら喋ったこと。

松田聖子や荒井由実、山口百恵。松山千春にはっぴいえんど、さだまさし。
70〜80年代の音楽って本当にいい。
今でこそ細かにジャンリングされてしまうのだろう、いわゆる歌謡曲。

ゆるいくくりだったからこそ、言葉や形などなど外からのアプローチに始まることなく
内から溢れるにまかせて生まれ出た音楽。
そんなところだろうか。


そうでなければ、どうしてこうもあの頃の曲に惹かれるのだろう。


日々ラジオをにぎわす最近の音楽の大半は、恐ろしくぺらぺらです。
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# by aji-kyuu | 2009-04-02 22:48 | 聴く | Comments(0)
期待は気体のように、
ここしばらくなんだかとても忙しい。
とはいえ、そのわりに結果が出てきていないので正直しんどくもあるのだけど
そこへの結びつきを焦って求めないで、じっと辛抱辛抱。
そんなとき、忙しくしている内容に自分が納得できていること、それだけがほとんど唯一の支え。

大丈夫大丈夫  
と唱える。


今日は旧くからの友人であり、文字どおり同志のAが我が家に来てくれた。
彼とはいつ会っても、互いに尽くせないくらいの語りたい“思い”があるからか、ひたすら喋り続けることができて
今日も夕方から延々と。

もちろん立場もアプローチも違うのだけど、ここ数年来見ている方向は同じようで
岐阜へ来て以降、ともすれば忘れがちだった僕の中の危機感を掘り出して、交換しあえたことは
タイミングとしてもとても有り難かった。



傷付くのを恐れてあえて“期待”しないのでなくて、
存分に期待して、それを推進力に変えていく。

ただただ期を待つだけでは、あたりまえに明日は来て
そうしてまた、ただただ待つ今日が過ごされるだけ。

期待はそれ自身形にはならないけれど、形あるものを動かすための風にはなるわけで

あとは、どんな形をどちらへ動かすか、それさえ明確に意識できればきっと‥

と期待して。




‥思いは尽きません。
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# by aji-kyuu | 2009-03-21 00:50 | 考える | Comments(0)