コーヒー・アンド・ブレッド
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白土+灰釉   五寸皿



コーヒーが好きです。

深めに煎って、香りやにが味が主張しているような、
とろりと濃いめにいれられたものがとりわけ好きです。



幼き日の僕の目には、レストランなんかでの食後にコーヒーを“決まりごと”のように頼む大人が不思議にうつったもので、
とはいえジュースは子供地味てためらわれ、ならば「コーヒーより紅茶」としていた記憶も遠くないはずなのに
いつの頃からか定かではないけれど、いまや純然なるコーヒー党。
大学に入って間もない頃には、豆を挽く真似事さえしていました。


岐阜に引っ越してすぐ近所のスーパー二、三件で市販されている豆をいく種類も片っ端から買っては試し、
安価に満足いくコーヒーを探したのはやっぱり、それが僕の生活をまっとうにしてゆくのに欠かせないものだから。
そう思えたから。


毎朝食後と昼間の休憩に。
ときにはちょっとしたお菓子をつまみつつ。

写真はしばらく前にうちへ来た友人が手みやげに携えてきたハード系のパン。
こういうパン屋のパンも結構好きなのです。
なかなか日頃手の出せるものじゃありませんが。


そうそう
僕はたいてい、コーヒーはホット。
把手のない“湯呑み”で喫みます。

その温度をじかに感じたいがため、あえてマグカップなんかは避けます。
熱い熱い、とふーふーしながらすするコーヒーもいいもんだと思うので。


例えば缶コーヒー。
もし缶に把手が付いていたら、
あの寒空の下でかじかんだ掌に伝わる小さな幸福感は、きっと得られない。

そんなふうに触覚をも動員するような食の楽しみ方を僕らは生まれる前からで知っているのだろうな。
和食器の素形を見るにつけ、そんなことも思ったりするわけで



ああ、そうか。
日本の道具は身体の延長。


コーヒーを喫みながら、はたまた轆轤をひきながら
毎日のように同じことを思うのです。
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# by aji-kyuu | 2009-02-23 02:45 | 食べる | Comments(4)
僕を作ってきた作家達・5
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朝起きて、外の水道に出てぎょっとする。

なま暖かい空気。
まだ陽は雲の中なのに
昨夜の雨が一斉に蒸気して膨らんだ土と草の匂い。

季節の感覚がぐんにゃりとしてしまう。

静岡では夏日だと。




話は変わって、
毎年この月になると思い出す、
“わずか”のようで“はるか”のようでもある三年前のこと。



当時大学も四年目。
在学中、膨大な時間とエネルギーを注いできた映像分野から手を退いて、
ほぼ未知なる新たな方面へ踏み出そうと
大それた決意を胸に
退学後の東京に居残るかたちで企画していたちいさなちいさな個展のため、
陶器の制作に没頭していた。

とはいえ受験シーズンの2月。
学校施設は使用不可。
探しまわった挙げ句思いがけず巡り会った、学校近くの個人主催の陶芸教室にて
気のいいオーナーのはからいにより、半月の間ほぼ毎日自由に設備を使わせてもらっていた。
その教室は閑静な住宅街にひっそりとあって、工房の出入り口側には玉川上水がぴったり寄り添っている、絵に描いたように心地いい環境で
僕の住んでいたアパートからひたすら上水沿いの緑道をたどれば着くような幸運な立地だった。

僕は毎朝、折りタタミの赤い自転車かあるいは歩きで
時に霜解けにぬかるむ遊歩道の黒土の上を、珍しくCDウォークマンまで携帯して通っていた。

さほど音楽に明るくない僕がその頃飽きることもなくぐるぐるぐるぐる聴いていたのが
ハナレグミ「帰ってから、歌いたくなってもいいようにと思ったのだ」。


ハナレグミ。
SUPER BUTTER DOG永積タカシのソロプロジェクト。
ラジオからもれてきた「ハンキーパンキー」に聴き惚れて、
なにも知らずに買いに走って、
毎晩のように部屋の隅のPC前に座り込んで聴き続け、
ふと顔を上げてみれば、周りでも結構聴かれていたことに気付いたりして‥

そんな出会い以降、僕の大学生活のかたわらには常に彼の音楽があった。


そして三年前のあの頃は
 明日へゆけ、明日へゆけ
という歌にどれほど救われていたことか。

思い切った決断とはうらはらに
どう歩き出せばいいのか、その歩き方さえ知らなくて、
大学を辞めてからの一切は未定。

まったく見えない先行き。

夢への希望よりも圧倒的だった不安の重たさ。

一体どうなってしまうんだろう、
と溜め息まじりにマイナス方向へ流れ込みがちだった思考を
プラスマイナスゼロ地点に繋ぎとめてくれていたのがハナレグミでした。

叱咤激励されるわけではなく
ただ、隣を付き添って歩いてくれるくらいで。
それは今も変わらない。




だからなのか

彼の出す声と音と、紡ぐ言葉と音階と、
それらの中にはもはや勝手にも僕の人生の半分ちかくの事柄が詰め込まれているようです。

これまでも、たぶんこれからも。
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# by aji-kyuu | 2009-02-15 00:36 | 聴く | Comments(2)
日々出逢い
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今晩の鯖は
ひさびさのアタリ。



鯖をトマトで、
いただきました。



白土+灰釉  七寸皿
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# by aji-kyuu | 2009-02-11 23:03 | 食べる | Comments(0)
僕を作ってきた作家達・4
今日たまたま手にとって立ち読んでいた雑誌「暮らしの手帖」の中でとある画家の展覧会がレポートされていた。

昨年の秋から冬にかけて、東京の国立西洋美術館で開かれていたVilhelm Hammershoi(ヴィルヘルム・ハンマースホイ)の大回顧展。

あ、これこれ。
と。

彼の絵画と出会ったのは、もう五年ちかく前のこと。
愛読する文筆家のひとり松浦寿輝の長編小説「半島」の装画として。



例えば装幀や紙質、印刷構成やフォントが作り出すその本なりのセカイも僕にとっては重要な本選びの要素でして、
文庫より、無理をしてでもハードカバーを買う理由のすべてはそこにあったりする。

そういう中、文章内容含めほぼパーフェクトなんじゃないかと思うのが、この「半島」。

まずひと目でその装画に惹き込まれ、内の小さな説明書きを読むと描き手はどうも海外では有名な画家らしい。
しかも少なからず興味を抱いていたデンマークの映画作家カール・ドライヤに多大な影響を与えたとか。

なんだか当時の自分にとって“出会うべくして出会った”作家であるような、そんな直感から調べに調べたものの、
18世紀デンマークの室内画家という以外は美術大学の図書館にさえまともな資料もなく、ネットでも不充分。
その後も大きな本屋や古本屋で思い出すたび探しはせども‥

そうして時が経ち、東京を離れた途端
“ヴィルヘルム・ハンマースホイ展覧会”

!?
以前は“ハメルショイ”と表記されてたために一拍遅れでその告知に釘付け。

ちょうど東京での用を済ませて戻ったばかりだっただけに、残念で残念でならないけれど、観逃しました。


それでも図録くらいは手に入るだろうと。


しかし、数年前にはまったく情報もなかったはずなのに
今日のようにふと見た雑誌やらにごくありふれた調子で紹介されているということは、
やっぱり嬉しいわけで、
と同時に、美術館等含めメディアの剛力をどこか恐ろしくも思うのでした。


ハメルショイの絵について、ああだこうだと述べたいけれど
またまた長々してしまうので。
それはまた別の機会に‥


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         黄土+無釉  碗
         内容とは無関係に、さつまいもご飯。
         さしたる芋ではないはずなのに、甘くて美味くて。
         もうちょっとだけおいしいお米で、上手に炊きたいなあ。
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# by aji-kyuu | 2009-02-06 23:00 | 観る | Comments(2)
僕を作ってきた作家達・3
b0156116_2215612.jpg「メザスヒカリノサキニアルモノ若しくはパラダイス」
という劇団黒テントの演劇がある。
高校生の一時期、学校行事との絡みもあってか演劇にはまり込んで、
戯曲を読みあさり、小遣いはたいて劇場に足を運んだりしていた。
その頃に観て未だ印象に残っている一本がこれ。

話の筋は有って無いようなもので、とりたてて激しいアクションもなく、
そこいらの道ばたにいくらでも転がっていそうな、そんな話。
それでも、残り続けるあの印象。


というのも、当時僕の地元愛知県発祥“遊べる本屋”が爆発的に流行っていて、
いつ頃からか、学校帰りに地下鉄途中下車でそこへ寄るのが週一回のお決まりコース。
そして買うのは決まって漫画。
松本大洋
「メザスヒカリ〜」も、そんな僕の青春そのものである彼の作なのです。


彼に男の浪漫(≠ロマン)を描かせたら、右に出るものはいません。きっと。

お馬鹿で格好良く、格好良くて悲しくて、悲しいけれど笑っちゃえ。
そんな漫画を描き続けている。

中でも短編集「日本の兄弟」以降には僕も多大きな影響を受けてきた。

線画の構造やら画面構成やら、その後の映像制作に少なからず活きていたろうし、
なによりその精神性。


「GOGOモンスター」や、当時やはり読みあさった諸星大二郎の短編集などにみられる日本的な“カミ”への“畏れ”が、
意外にも現在の僕のもの作りにリンクするばかりか、
むしろその基盤になっていることに、あらためて気付かされる。





はじめは皆ヒーローに憧れる。
「僕はきっとなにものかであるはずだ」。
いずれ
「僕はなにものかにならなければ」と焦る。

でもそうじゃない。
僕は僕のままで、とるにたらない小市民だけれど
ただ、ただ、ヒカリノサキを目指す。パラダイスを目指す。
それだけはできます。

続けます。
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# by aji-kyuu | 2009-02-02 23:19 | 読む | Comments(0)