日々出逢い
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今晩の鯖は
ひさびさのアタリ。



鯖をトマトで、
いただきました。



白土+灰釉  七寸皿
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# by aji-kyuu | 2009-02-11 23:03 | 食べる | Comments(0)
僕を作ってきた作家達・4
今日たまたま手にとって立ち読んでいた雑誌「暮らしの手帖」の中でとある画家の展覧会がレポートされていた。

昨年の秋から冬にかけて、東京の国立西洋美術館で開かれていたVilhelm Hammershoi(ヴィルヘルム・ハンマースホイ)の大回顧展。

あ、これこれ。
と。

彼の絵画と出会ったのは、もう五年ちかく前のこと。
愛読する文筆家のひとり松浦寿輝の長編小説「半島」の装画として。



例えば装幀や紙質、印刷構成やフォントが作り出すその本なりのセカイも僕にとっては重要な本選びの要素でして、
文庫より、無理をしてでもハードカバーを買う理由のすべてはそこにあったりする。

そういう中、文章内容含めほぼパーフェクトなんじゃないかと思うのが、この「半島」。

まずひと目でその装画に惹き込まれ、内の小さな説明書きを読むと描き手はどうも海外では有名な画家らしい。
しかも少なからず興味を抱いていたデンマークの映画作家カール・ドライヤに多大な影響を与えたとか。

なんだか当時の自分にとって“出会うべくして出会った”作家であるような、そんな直感から調べに調べたものの、
18世紀デンマークの室内画家という以外は美術大学の図書館にさえまともな資料もなく、ネットでも不充分。
その後も大きな本屋や古本屋で思い出すたび探しはせども‥

そうして時が経ち、東京を離れた途端
“ヴィルヘルム・ハンマースホイ展覧会”

!?
以前は“ハメルショイ”と表記されてたために一拍遅れでその告知に釘付け。

ちょうど東京での用を済ませて戻ったばかりだっただけに、残念で残念でならないけれど、観逃しました。


それでも図録くらいは手に入るだろうと。


しかし、数年前にはまったく情報もなかったはずなのに
今日のようにふと見た雑誌やらにごくありふれた調子で紹介されているということは、
やっぱり嬉しいわけで、
と同時に、美術館等含めメディアの剛力をどこか恐ろしくも思うのでした。


ハメルショイの絵について、ああだこうだと述べたいけれど
またまた長々してしまうので。
それはまた別の機会に‥


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         黄土+無釉  碗
         内容とは無関係に、さつまいもご飯。
         さしたる芋ではないはずなのに、甘くて美味くて。
         もうちょっとだけおいしいお米で、上手に炊きたいなあ。
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# by aji-kyuu | 2009-02-06 23:00 | 観る | Comments(2)
僕を作ってきた作家達・3
b0156116_2215612.jpg「メザスヒカリノサキニアルモノ若しくはパラダイス」
という劇団黒テントの演劇がある。
高校生の一時期、学校行事との絡みもあってか演劇にはまり込んで、
戯曲を読みあさり、小遣いはたいて劇場に足を運んだりしていた。
その頃に観て未だ印象に残っている一本がこれ。

話の筋は有って無いようなもので、とりたてて激しいアクションもなく、
そこいらの道ばたにいくらでも転がっていそうな、そんな話。
それでも、残り続けるあの印象。


というのも、当時僕の地元愛知県発祥“遊べる本屋”が爆発的に流行っていて、
いつ頃からか、学校帰りに地下鉄途中下車でそこへ寄るのが週一回のお決まりコース。
そして買うのは決まって漫画。
松本大洋
「メザスヒカリ〜」も、そんな僕の青春そのものである彼の作なのです。


彼に男の浪漫(≠ロマン)を描かせたら、右に出るものはいません。きっと。

お馬鹿で格好良く、格好良くて悲しくて、悲しいけれど笑っちゃえ。
そんな漫画を描き続けている。

中でも短編集「日本の兄弟」以降には僕も多大きな影響を受けてきた。

線画の構造やら画面構成やら、その後の映像制作に少なからず活きていたろうし、
なによりその精神性。


「GOGOモンスター」や、当時やはり読みあさった諸星大二郎の短編集などにみられる日本的な“カミ”への“畏れ”が、
意外にも現在の僕のもの作りにリンクするばかりか、
むしろその基盤になっていることに、あらためて気付かされる。





はじめは皆ヒーローに憧れる。
「僕はきっとなにものかであるはずだ」。
いずれ
「僕はなにものかにならなければ」と焦る。

でもそうじゃない。
僕は僕のままで、とるにたらない小市民だけれど
ただ、ただ、ヒカリノサキを目指す。パラダイスを目指す。
それだけはできます。

続けます。
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# by aji-kyuu | 2009-02-02 23:19 | 読む | Comments(0)
舌とわたし
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スーパーにて見切り品のサツマイモを
はちみつといただきものの柚子で。





赤土+白化粧+長石釉  碗


以前までは、さつま芋やじゃが芋などは好んで食べたりしなかったけれど、
最近はよく煮たりしていただく。

でんぷんでんぷんしていて、粉っぽいというのか。
味が入りにくかったりもして。

と思っていたはずが、今はそんなに気にならない。
粉っぽさは「ほくほく」と
薄味は「芋の味」と
いつからかすり替わっていた。


それから、
学生時代はけして使うことのなかった食材、小松菜はおひたしから炒め物まで
いまや我が家の台所最多登場。

品種によって胡麻の香りがしたり、ミルクの風味を感じたり。
なるほど、それらと合わせて調理される理由にはっとする。

しかも、となり町特産。



歳を重ね
住む土地がかわり
生活がかわれば
自然、味覚は変わる。


そんな当たり前のことにいちいち気付かされるこの頃。
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# by aji-kyuu | 2009-02-01 23:11 | 食べる | Comments(0)
日が暮れるのも少しずつ遅くなってきたこの頃。

今日、ちょうどそんな時間
工房の東に向いたすりガラスの窓の方へふと顔を上げると
なんともいえない青、一色。

わ、
思わず口に出してしまいました。

こういうの、写真に撮ってしまうのは好きでないので想像にまかせたいのですが、
本当にやわらかくて、静かで、ほのかに切ないブルー。

サイレント・ブルーとか云ったっけ。

しばしそんな青に自分を浸して、ぼんやりしてみました。


「ブルー」で思い出したこと。
デレク・ジャーマンという映像作家の映画『Blue』。
この監督の遺作となった作品。

全編が画家イヴ・クラインに捧げたというブルー一色。
映像はそれのみ。
そこに語りや音楽がかぶる、というもの。

幸いなことにこれを観たのが大学の大きな講義室。
しかもスクリーンにプロジェクション。

スクリーンからは青の照り返し。
染まる教室。
僕も染まる。


あの時の水に浸っているような感覚に似ているなあ、と。

翻って、
デレク・ジャーマンが云わんとした「死生観」っていうのは、
こういうことなのかもしれないなあ、なんて。
一寸先は闇なんかじゃなくて。



こんがらがったまま携えて、何年も経ってから不意にほぐれたり。
そういうことって結構ある。
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# by aji-kyuu | 2009-01-27 22:41 | 考える | Comments(0)