ふと、
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「窓の外には雪が降り積もる山あいのロッジで、暖炉にあたたまりながら、無骨なご主人が焼いてくれたキッシュを—」

そんな風に見えなくもない。
冷蔵庫の残り物一掃、平焼きオムレツ。


白土+灰釉  七寸皿


ほぼ毎食自炊で、食生活にはそれなりの自信があったのだけれど
年明けてから、どうも体調に微妙な狂いを感じる。
異常に手足先が冷たく、ちょっとした口内炎が頻発。
眼のまわりもなんだかおかしい。

もう少し真面目に防寒対策すべきやろうか。

気のせいだといいけれど‥
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# by aji-kyuu | 2009-01-20 22:08 | 食べる | Comments(0)
僕を作ってきた作家達・1
先日、ある人から“自己紹介代わりに”とでもいうように
「好きな陶芸家は誰ですか?」と尋ねられた。

まだ業界のスタートラインに立ったばかり、ひよっ子もひよっ子なので、
当然よくされる質問‥
のはずだった。

けれど、名前が出てこない。
思い付かない。

あれれれ。

学生の頃は聞かれなくても何人も挙げていたのに。

「んー、特にいません。」
なんだか感じ悪い。
でも正直なんです。

ここ数年、まともに考えてこなかったことに気付く。


いいな、と思う器は数あれど、その作り手が好きとか嫌いとか、
あえてまで同業者としての意識はしてこなかった気がする。
生意気にも。


それでもね、影響を受けてきた、今なお受け続けている作家はたくさんいるのです。
偶然か必然か、同業の人はわずかですが。

といったわけで

そんな素晴らしい作家さん達を少しずつ紹介していきたい、と。
「僕を作ってきた作家達」
第一回。


李禹煥(リ・ウファン)

1970年代の日本美術に一大ムーブメントを起こした「もの」派と呼ばれる制作姿勢の美術家の中において、理論的にも中心的役割を担った作家。
いわゆる「ジャンル」でいうと、絵画から彫刻、インスタレーション、、、
要するに純粋に美術家です。


僕がまだ東京で映画作りを学ぶ学生だった頃、映画以前、作ることそれ自体への疑念でもがき苦しんでいた時に、なにかの拍子で彼の論考に出会った。
『出会いを求めて』という著書の部分だったと思う。

どしん。
そんな衝撃音が聞こえそうなくらい、当時の僕の中の言葉にできない濁りを瞬時に吹き飛ばして、澄み切ったその先を覗かせてくれる論集で、
恥ずかしながら「もの」派すらまともに知らなかった僕は、それからというもの彼を追いかけ、周辺含めた色々を勉強したっけ。

確か2005年、横浜美術館で大きな個展を開催した時なんかは、その力にもうただただ立ち尽くして、ほぼ丸一日李禹煥に費やした。
いまだに人生で最も良かったと思える展示はこの時のもの。

とにかく、口で(言葉で)説明するのは野暮。
そういうものを作り続けている作家。


瀬戸の陶作家で、僕のバックグラウンドをあまり知らないはずの人が
「もの派みたいな‥」
と僕の器を評した時、思い掛けないワードにどきりと。

繋げて意識はしていないつもりだったけれど、そりゃ嗅覚優れていればすぐ分かるか。
そのくらい根底で繋がり得る思想が僕の中にも流れているのです。

李禹煥。
僕を語る上で絶対に外せない一人。




関連して

昨年たまたま関東に滞在中、その「もの」派の記念碑的作品『位相−大地−』(関根伸夫)が多摩で再制作され、展示してあるという記事を新聞に見つけ、勢い込んで出かけたものの、その光景にがっかり。

あれをあんな高台にやっては駄目でしょ。
まったく力失って、縮こまっていた。


地球ってホントでかすぎる!
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# by aji-kyuu | 2009-01-18 18:03 | 観る | Comments(0)
1周年
空ばかり見ています。


一日に幾度となく庭に出て、見上げます。

僕のもの作りの方法がどうしても多くを自然エネルギーに頼ったものであるため、
雲のゆくえ、
太陽の傾き、
風の度合い、
そういったものが非常に気になる。

それら次第でその日の作業がはかどったり、滞ったり。
ラジオの予報と自分の予測で段取りを変えたりすることも少なくありません。

なるほど、工芸は農業ととても近しい。
晴耕雨読。
まさにそれ。


で、縁あって岐阜に居を移して一年。
まるっと空を見上げ続けて、思う。

つくづくここの天気は変わり易い。

西から北をぐるり山地に囲まれ、海原に流れ込む寸前の河に挟み込まれた土地のために
一日の中での移ろいさえ激しい。

地のひといわく、西側の伊吹山からの「おろし」でまず風が強い。

日本海からの寒気やなんかも乗り越えてきて、風花も舞う。

河を渡れば雨が降り、日に何度も虹を見る。


面白い。
ダイナミック。
本当に生きている天気。


でも‥
おかげでとっても仕事がしづらいのです。

そんなことばかりに頭を悩ませて、
時に
顔しかめて空に悪態。

なんだかなあ。


本来はそういった自然界のバイオリズムを敏感に感じとって、
それに自分を同調させていくのが理想なんだろうけれども。


なかなか、俗でせわしないリズムから逃れられない日々。

ゆったりとかまえたい。


一年前では考えもしなかった、あるいは考える余裕もなかった
そんなことを思う、岐阜での二年目が始まります。
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# by aji-kyuu | 2009-01-16 23:22 | 考える | Comments(0)
しんしんしんしん
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今朝、眠りのトンネルを抜けると雪国だった。



なんて。



午前中いっぱい、細かに乾いた雪が降ったり止んだり。
きゅきゅっと踏み締める感触は心地よかったけど、
予想だにしてなかった積もりように、正直まいりました。


こんな景色見せられたら、温泉行きたくなってまうじゃんか。
困るわ。
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# by aji-kyuu | 2009-01-12 22:28 | その他 | Comments(0)
黙して語らず。
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 我が家の目の前に広がる田んぼ。


今日は昼前から瀬戸のギャラリーへ仕事に出ていて、
ちょうどとっぷり日の暮れた頃帰宅。
駐車する時、ふとヘッドライトに照らされた朽ち葉色が目に入った。
その上には明るいお月さん。


朝から、冷え込みは今年一番とかで、
岐阜でもちらちら小雪が舞っていた日中。
雪は止んで、沈む間際に陽さえ差していたものの、今晩はしっかり冷えています。

工房の温度計はストーブ焚いても軽く10℃下回っている。

でも、なんだかやっぱり冬は好きだよなあ
と、毎年この時期思い直す。

体は縮こまるし、霜焼けは両手両足ひどいし、
なによりものの乾きがぐっと遅くなって、仕事の作業効率が上がらないから、
フラストレーションが溜まる。

けれど、今日のように街へ出たり、そうでなくても庭で作業中ふいと気を緩めた時
肌よりももう少し内側で感じる、空気の静かさ。
澄みよう。
とてもとても心地よい。

とりわけ夜。

春はごそごそとにぎやかで、夏はむんむんと落ち着きない。
秋は秋で、静かにはなるけれどどこかお疲れ気味。
あえなく落ち入る沈黙だろうか。

その一方
冬には、内にこもった静かさ、というか
「自ら押し黙って、じっと耐える空気」がある。

口は真一文字に結んで、拳は固く握られている。
腹には力がこめられていて、足の裏は地面をがっちり踏み締めている。

無駄口叩くことなく、ひたむきに自分をまっとうしようとしている、
そんな像を勝手に描いてしまう。
冬。


どちらかと云えば、ああだこうだとまず口から先にでて語りたがってしまう僕は、
そういう寡黙さに憧れる。
そうでありたいと願う。

潔さ。




そんなことを、
冬の夜空に思うのです。
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# by aji-kyuu | 2009-01-11 22:43 | 考える | Comments(0)