作る暮らし
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蛙の輪唱が随分と威勢良くなってきました。

気付けば、周辺の田んぼに水が引かれ始めています。

麦が黄金色を通り越して赤々となびく今時期、その隣では田植えが近付いているようで。


岐阜県のブランド米「ハツシモ」は秋も深まり初霜が降りる頃、ようやく刈り穫るという晩生種。
他から遅れることひと月ほど。
今日寄った農協の直売所脇では苗がぎっしりとスタンバイしていました。






ここしばらく米作りを始めとした農業ルポのような本を読んでいるので、リン酸やら窒素やら、ミニマムアクセスなんだかんだ‥

頭でっかちになって、よろしくない。

それでも
ふと顔を上げると田畑や農家さんの生活が目の前に広がっているこの環境に身を置くと、
なにはともあれ知りたい、という思いが。


知れば知るほど
手でものを作ることってなんであれ同じなんだと再認する。

食物、でさえも。
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# by aji-kyuu | 2009-06-08 22:00 | その他 | Comments(0)
遠くなり近くなる水音のひとり
先週末、用事で長野に出掛けていた。
ちょうど信州善光寺の“数え年で七年に一度の盛儀”という「善光寺前立本尊御開帳」だとかで
えらく混みあった門前通り沿い、瓦葺き白壁の旧きを模した商店建築が多い中
フラットで非装飾な正面ガラス張りの北野カルチュラルセンターにてひっそりと開催されていた
「山頭火の善光寺みち展」にふらり立ち寄ってみた。

種田山頭火。自由律俳人。漂泊の人。
山頭火と、彼がある時期旅の途上で訪ね歩いた信州の俳句仲間との交流を紹介する
といった内容。

広すぎず狭すぎず、
ひと気はさっぱりなもののきりりと締まった展示空間。
胸が騒ぐ。


案の定、そこに掛けられた幾幅かの自筆の句書にあっという間
がっちり掴まれてしまった。


控えめで優れた軸装。
書の剛胆さと研がれたセンス。
そして、句のぬるくも澄んだあじわい。


— 飲みたい水が音たてていた —




知っていた。
確かに国語で習った名です。
でも

またしても出合い頭の衝突。
しばらくはこの作家に委ねてみたい。連れられたい。

ひとまず、よい句集を探そうと思う。
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# by aji-kyuu | 2009-06-01 22:52 | 観る | Comments(0)
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古びに古びた畳を起こして、そのまま長らく物置きとなっていた部屋を
ようやく意を決して整理して、
小さな展示室をしつらえてみました。


自作の器はもちろん
譲ってもらった古いもの、拾いもの
などなど


玄関入って一の間だっただけに、それなりに整ったことにまずひと安心。
これで無礼なく訪問客を迎えられるかな。






この家、おそらく築35年超。
住むにあたってあちらこちらに手を入れてきたのだけれど
こうして古い家をいじると、
日本家屋のそもそもの作りを目の当たりにするものです。

関係寸法の絶妙さとか、工夫の細かさと技の大雑把さ。
何十年、何百年と、それぞれは無名でちっぽけな人々の手がごく自然に積み上げた
ものの見事な歴史。
が詰まった箱。


学生時代のほんの一時好んで読んでいた社寺建築の理論なんかも思い出されて
つくづく、建物も面白いなあ
と。



ひとの生活を掬う器としての建物。

もうちょっと考えてあげればいいのに。
林立する個々色違いのボックスハウス群を眺めながら思ったりもします。
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# by aji-kyuu | 2009-05-29 22:06 | その他 | Comments(0)
b0156116_20355195.jpg茄子の味噌炒め。
うちの定番。

茄子の高値が続いていたので、ひさびさに。



数年前、とあるひとから「味噌、すきだね」と言われて初めて自覚したのですが、
どうもひとよりずっと味噌に惹かれるようです。

確かに、
我が家の食卓では汁物にはもちろん、炒め物に煮物にカレーに、調味料としてたびたび登場します。

とりわけ赤味噌。
生まれも育ちも尾張三河のなごや人ですから。


信州や京都なんかのとは違い、100%豆味噌。
見た目も味もお世辞にも上品とは言い難いのですが、あの甘味と塩味と酸味の絶妙なバランス。
その重層感といったら‥


進学・転勤などなど、愛知を離れるなごや人は基本まず実家から味噌を送ってもらうのです。
いわゆる赤出し味噌と、つけたりかけたりソースタイプの赤味噌。



思い出してみれば、料理に興味を持ち始めたと記憶する小学校中学年頃、
母方の祖母が近所の仲間と毎年作っていた自家製味噌に惚れ込んで
おそらくはせがんだのだろう、写真入りの詳細なレシピを送ってもらってまでしてたっけ。

そのレシピはいまだ活かされていないのだけれど、
実は今年その味噌作りを夢見て、まず大豆を育て始めたのです。


これまでなんども「作ろう」と心に決めながら、大豆の高騰に阻まれてきたわけで
それこそいつ実を結ぶかは分からない遠き道のりだろうとも、いっそ始めから自分の手で、と。

農業のほんの隅っこに手を貸してきたこれまでの経験上、さほど困難な作物ではないな
という判断の上。




にしても本当に、先人達の食における工夫の積み重ねには頭が下がります。

味噌。
それひとつとっても、この全国的な多様性。



米・塩・味噌・醤油・酒。
このあたりにちゃんと気遣える食生活を。
目下の願い。
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# by aji-kyuu | 2009-05-26 21:31 | 食べる | Comments(4)
再会
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戴き物のからすみ(!)でパスタ。

ハムにしろからすみにしろ、パスタにしろ
人間の食への工夫(あるいは執念?)には驚くばかり。
美味しくいただきました。





さて、からすみとは一切関係ない話。

こと地方では、僕の興味ある部類の書籍はなかなか入荷されないために、東京へ行くたび必ず本屋へ足を運ぶ。
たいてい毎回腰が悲鳴あげるまであちこち見て回るのだけれど、つい先日とても嬉しい本に再会した。

「シネマトグラフの覚書—映画監督のノート—」ロベール・ブレッソン著
おお!久しぶり。こんなところで会えるとは。

この名著、つい数年前までは絶版。神田の古本屋にもそうそう出回らなかったもの。
学生時分、志しを同じくする仲間たちと図書館のそれを借りて回し読み、映画熱をたぎらせたものです。
復刊の要望もかなり強かったらしく、様々な方面からの働きかけで2006年見事再刊されたようで。
そのことをまったく知らなかった僕は、大型本屋の専門書階エントランスすぐに平積みにされたその表紙を見て、思わず興奮。

今となってみれば、その訳者は僕の好きな作家松浦寿輝
どうりで、映画制作に関する随想録の範疇を飛び抜けて、良い意味で詩的に語りかけてくるわけだ、
と。


残念ながら、手に入れるにはいたらなかったけれど、
次、上京の折には。

再びの再会を願って。
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# by aji-kyuu | 2009-05-20 19:14 | 読む | Comments(0)